第二話 炎を()べる者 (6)


 足つきの大きな香炉から煙がもくもくと上がる。むせかえるような香の匂いが立ち込める。八本の赤柱に支えられた円環状の天井は青と瑠璃と金に彩られ、提灯と赤いロウソクのゆらゆら揺れる火明かりを受けて星空のように暗闇に浮かび上がる。
 赤を基調とした火竜(ファイアードラゴン)国の神殿内で、神聖な儀式が始まろうとしていた。継承の儀は竜の息吹(ドラゴン・ブレス)の持ち主が存命であっても、他の者に託すことのできる唯一の方法である。ただし、その者が真に竜の息吹を持つにふさわしいと竜神に認められなければ、儀式は失敗に終わる。
 薄暗い静謐(せいひつ)な雰囲気の中、巫女や神官の手によって祭壇に火神への供物が並べられる。王家に連なる者が正装して列席し、静かに見守っている。
 本来は火竜国の王族と神官しか立ち会うことを許されていない儀式だが、特別に立ち会いを許されたミュウとアルウィンは、隅の方で大人しく見学していた。
(ふ〜ん……ホントはここまでやらなきゃいけないのね。何か面倒くさいなぁ)
 本式で行う時間がなく略式で母から竜の息吹を受け継いだミュウは、興味津々にきょろきょろと火竜国の儀式を眺めた。
 程なくして、儀式を受ける三人が沐浴をして身を清め終え、緊張した面持ちで神殿に現れた。国王たる永煕(エイキ)帝が、祭壇に安置された台座の上に浮かんで神々しく輝く光珠(オーブ)の前で膝を折り、長い袖を胸の前でつき合わせた。白く長い口ひげが床に流れ落ちる。数歩後ろに下がった徳裕(トクユウ)皇太子と公輝(コウキ)皇子も、それにならう。
「我が主、火神火竜よ」
 永煕帝が重々しく唇を開いた。右手首がポウッと淡く光り出した。
「我、火竜族の王(ヨウ)永煕は、汝の審判を求む。我が息子、燿徳裕。我が孫、燿公輝。この者達のうちどちらが真に王の証を得るにふさわしいか、裁きを下し(たま)え」
 詠唱を終えるや否や、まばゆい光が神殿中に広がった。誰もがまぶしさに耐えきれず、目をつぶる。
 光が収まった頃には、永煕帝の手にあった腕輪は消え去っていた。代わりに、それを手首にはめていたのは――。
 周囲からどよめきが起こった。
 永煕帝が立ち上がり、新たな腕輪の持ち主に向き直ると堂々とした声で告げた。
「審判は下った。余の代わりに宙竜(コスモドラゴン)国へ赴き、火竜王の務めを果たすよう頼むぞ――公輝」
 公輝は大理石の床にひざまずいたまま、黄玉(トパーズ)の目を見開いて己の右手首に収まった王の証を見つめていた。
「公輝皇子!」
「公輝皇子!」
 観衆に混ざってミュウとアルウィンも手を叩き、大喝采を送っていると、彼はちらりと二人の方を見た。その顔には強い驚きが刻まれていたが、二人と目を合わせると真剣な顔つきに変わった。いつものひょうきんな態度はなりを潜め、何かを覚悟した王族の威厳に満ちた顔だった。
 彼の肩に徳裕が手を置き、頼むぞというように力を込めた。激励の眼差しを送る父に目礼すると、公輝は姿勢を正し、永煕帝に深々とこうべを垂れた。
「燿家の名に誓って、このお役目、必ず無事に務めさせていただきます。陛下」


 夜もふけた頃だというのに、宮殿では明日の出立に備えて慌ただしく準備が進められていた。旅に必要な物が永煕帝の命で補充され、ミュウは侍女達に手伝ってもらって大忙しだった。
 一人旅に慣れているアルウィンは先に支度を整え終わり、チョコがこれで足りるかとかココアがどうだとか侍女を相手に真剣に話し込んでいる彼女におやすみの挨拶をして、与えられた自室に戻る所だった。長い廊下を歩いていると、奥の方の窓の下に人影が見える。近づいてみると、公輝が立ったまま窓辺に腕をかけ、複雑な模様を描く組子の間から外の景色をぼんやりと眺めているのだった。
「公輝皇子」
「ああ、チェン」
 声をかけると、彼は頭だけで振り返り、口元に笑みを形作った。
 アルウィンはきまり悪そうに目を泳がせ、遠慮がちに言う。「どうか、アルウィンとお呼び下さい。その……姓はあまり好きではないので」
 そうか、と公輝はニッと笑った。理由を聞いても良さそうなものをあれこれ詮索することもなく、気さくな笑みを送るだけだった。アルウィンにとって、それはありがたいことだった。
「俺のことも名前で呼び捨ててくれて構わないぞ」
「いいえ、そういう訳には」
 さすがに、それは恐れ多い。遠慮しなくていいからとせがむ皇太孫に、人一倍礼儀をわきまえている彼は丁重に辞退した。
「まさか、俺が選ばれるなんてな………」と公輝は片腕の炎のように赤い竜の息吹に視線を落とし、苦笑混じりに呟いた。
 皇太子たる父がいるのに、息子の自分が選ばれた申し訳なさもあるのだろう。そう考えたアルウィンは、焦げ茶の瞳を和らげて温かい声をかけた。
「貴方が共に行かれるのなら、ミュウ姫も喜ばれるでしょう」
「あ……ああ。そうかな………?」
 彼は歯切れ悪くそう答えると、穏やかに話題を変えた。「君も明日、出立するんだったな?」
「はい。すっかり長居をしてしまいました」とアルウィンは恐縮して言った。
 ミュウを送り届けたのですぐにいとまを請うつもりだったのだが、彼女や公輝に強く引き留められ、今日まで王宮に滞在させてもらっていたのである。明日、彼女達と共に出立して、途中で別れるつもりだった。
「気にするな。大したもてなしもできなかったが」
「とんでもない。皆さんに良くしていただいて………」
 両手をぶんぶん振って慌てる彼を見て、公輝は面白がるように笑みを深めた。それは、親友同士のからかい合いの時に見せるような笑みで、アルウィンは少し戸惑う。これ程親しげに笑いかけてくれる人は初めてで、なかなか慣れないのだ。
「なぁ、アルウィン」
 急に、彼の口調が変わった。ふと気がつくと、その気さくな笑顔はどこか寂しげなものへと変わり、真摯な眼差しがアルウィンの瞳をのぞき込んでいた。
「ミュウ姫のこと、宜しく頼むな」
「えっ………?」言葉の意味を測りかね、アルウィンはかすれた声を出した。
 しかし、すぐに公輝は再び元気な笑顔を取り戻し、「んじゃ、また明日な。ゆっくり休め」と片手を振って背を向け、立ち去ってしまった。
 廊下に残されたアルウィンは、小さくなっていく彼の背中を見つめながら一人立ち尽くした。自分は明日、彼女と別れるつもりだというのに、宜しく頼むとはどういう意味だろうか。
 後に、アルウィンは何度もこの瞬間を思い返すことになる。そして、考えてしまうのだ。公輝皇子はこの時、全てわかっていたのではないか、と。


 翌朝、国民から盛大な見送りを受けながら、旅装を整えた三人は従者達と共に宮殿を出発した。公輝皇子を乗せた紅虎(ホンフー)万里(バンリ)を先頭に、ミュウを乗せた天鹿(てんろく)明星(あかぼし)、アルウィンを乗せたもう一頭の紅虎が続き、見送ると言って聞かない照夏(ショウカ)皇子を乗せた雌の紅虎も並走する。城下町を過ぎ、段々畑を越え、国門を出て、尾根伝いの起伏の激しい城壁の石段を下っていく。ミュウ達を背に乗せているにも関わらず、精獣達は速く、しなやかに駆けた。景色が飛ぶように過ぎていく。眼下に広がる雲海と山々の連なりが徐々に迫ってきて、目の高さになり、そして上に伸びていく。下るに連れて、赤灰色の岩肌の地形や白く立ち上る噴煙が近づいてきた。
「ひゃあ!速い速い!やっぱり、精獣は違うわね〜」熱を帯びた風を受け、赤紫(ピアニー)の髪をなびかせながらミュウは子供のようにはしゃいだ。「いっそ、きた時もふもとまで迎えにきて欲しかったくらいよ」
 それを聞いて、公輝と照夏は目を丸くした。
「歩いて上ってきたのか?!そうか、スパークレオも供の者も連れてきてないもんな。配慮が足りなくて悪かった。大変だったろ?」
 公輝がすまなさそうに言うと、ミュウは肩をすくめた。「ま〜ね。あたしはそうでもなかったけど、そこの人が………」と隣を横目で見る。
 この険しい道のりを汗だくで上ってきたことを思い出し、アルウィンはぞっとしていた。
「いいえ、帰りだけでも乗せていただけてありがたいです」と彼は心から感謝を込めて、公輝に言った。
「いちいちうるさい鹿だな!今度文句言ったら食ってやるぞ!」
 突然の怒声に、四人はビクッとした。アルウィンを背にまたがらせている紅虎が大口を空けて牙をむき、黒毛の天鹿に凄んでいた。相手も冷めた目で睨み返している。
「いきなりどうしたんだ?」
「公輝殿下!この黒鹿の奴めが悪いんです!」と彼は息巻いて訴えた。
 明星はふんと鼻を鳴らす。「私はただ、背に客人を乗せている時は振動を極力抑えて走るのが礼儀だと言ったまでのこと。王家にお仕えする者であれば、その位できて当然と思いますが?」
「だから、ちゃんとそうやってんだろうが!」
「すいません、以後気をつけます。すいません」と万里が代わりにペコペコ謝り出した。
「謝ってんじゃねぇっ!」
「はいっ!すいません!」怒鳴りつけられた彼は、今度は仲間にペコペコと頭を下げた。
 明星は涼しい顔で、「火竜王家直属精獣というのは、こうもしつけが悪い者ばかりなのですか?」などと公輝に聞こえるように言う。
「こンの、腹黒の真っ黒野郎――」
「よしなさいよ」と照夏を乗せたもう一頭が間に割り込み、母親のような口ぶりで注意する。
 明星は尚もしれっと言い返した。「あいにく、腹の毛は白です」
「まあまあ、お前ら。そうかっかすんなって」と公輝がおどけた調子で明るく精獣達をなだめた。
 ミュウも天鹿の首筋を軽く叩いて言う。「明星もケンカ売るんじゃないわよ?」
 すると、彼は態度をガラリと変え、背にいるミュウを少し振り返って「御意」と会釈してかしこまった。
 紅虎はちっと舌を鳴らし、「高慢ちきの草食獣め」と小さく毒づいた。それを耳にしたアルウィンが苦笑をもらした。
 延々と続く石段を半分程下った所で、展望台にたどり着いた。見晴らしの良い開けた石畳の場所を、精獣達は速度をゆるめず通り過ぎようとする。
 しかし、その時。空から女の高笑いが降ってきて、全員が足を止めた。
「オ〜ッホッホッホ!」
「この声は………!」ミュウは急いで空を振り仰ぐ。
 途端、頭上を大きな影が横切り、陽光をさえぎった。かと思うと、炎の塊が雨あられと彼女達めがけて降り注いだ。
「わぁあああああっ!」
 精獣達は俊敏に身を躍らせ、紫の炎を避けた。全員が体勢を整えて身構えると、赤銅色の羽毛にいぶし金の翼のカルラが一羽降り立ち、その背から大小二つの人影が飛び下りて立ち塞がった。一人は見覚えのある顔だった。亜麻色のポニーテールにオレンジの瞳。左耳に黒曜石のピアス。パステルカラーのワンピースにフード付の短いマントを身につけた女。
 ミュウはギリッと奥歯を噛みしめ、女に向かって叫ぶ。「またあんたなの?!ムスビメ!」
「メビウスですわ!」女が憤慨して叫び返す。
「知り合いか?」
闇竜(ダークドラゴン)の手の者です」
 警戒しつつ小声でそう訊いてきた公輝に、アルウィンが短く答えた。
「ちょっとぉ!あたしをむししないでよね!」
 ロリータ風の黒とピンクのワンピースを着た幼女が、濃いピンクの瞳を怒らせてわめいた。ミルクティー色の髪をツインテールに結い、大きなリボンをつけている。
 小さな女の子のキンキン声に、メビウスに意識を集中していたミュウ達の視線が一斉にそちらを向いた。
「誰、その偉そげな子供は?」
「こどもだなんて、しつれいね!」と幼女はミュウを睨みつけ、胸を反らした。「あたしは、闇竜ディアギレフさまの第六配下ポワ!」
 ミュウとアルウィンと公輝が同時に首を傾げた。
「え?あんたみたいな子供が?」
「メビウスさんよりも上の地位……なんですか?」
「まだ子供なのに?」
「こどもこどもうるさぁ〜いっ!!」ポワは黒いエナメルの靴でダンダンッと地団駄を踏み、彼女達に指を突きつけた。「ミュウひめと公輝おうじ。ディアギレフさまのごめいれいにより、竜の息吹をもつあんたたちを生けどりにしてやるわ!」
 彼女は武器をかかげた。キラリンと光ったのは、魔法のステッキのつもりか長い棒のついたペロペロキャンディーだった。
 ミュウは頬をひくひくさせながら、「ねぇ……あんまり聞きたくないけど、そのアメちゃんステッキで何する気?」と恐る恐る訊いた。
 ポワは生意気そうに口のはしをつり上げた。「こうする気よ!」
 キャンディーの棒がヘビのようにグニャリと柔軟に伸び、先端が鋭くとがる。紅虎と天鹿がとっさに避けると、槍の穂先が彼らの間に勢いよく突き刺さり、石畳に亀裂(きれつ)が走った。
 ミュウはさーっと青ざめる。「ちょ!待っ……!危ない危ないって!魔法少女きどりかと思ったら、かなりやばいんじゃないのこの子?!」
「メビウス!やっちゃいなさい!」
「仰せのままに、ポワ様!」ポワの命令で、メビウスがミュウ達に向かって片手を振りかざす。
 乗り手が精獣から降り、全員が迎え撃つ態勢に入った。武装した従者がミュウ達を守るべく前衛に出る。紅虎達もずらりと並び、姿勢を低くして唸り声を発した。ミュウと公輝は竜の息吹から剣と矛を出し、アルウィンは手の平に魔力を集中させた。
「兄上………」
「万里!照夏を頼む」
「はい!」
 公輝は不安そうな声を出す弟を後ろに追いやり、万里と雌の紅虎に警護を任せた。
 メビウスの力で、石畳に映った影という影が意思を持って動き出した。
「きますよ、ミュウさん!」
「わかってる!」
 ミュウとアルウィンは頭上いっぱいに雷光と炎の渦を創り出し、攻撃を防いだ。黒い影がフッ、フッと消えていく。
 ミュウが勝ち誇った笑い声を放つ。「どう?!あんたの攻撃は完全に見切ったわよ!」
 しかし、メビウスは顔色一つ変えない。
「気をつけろ!」
 メビウスの背後でポワのステッキが不気味に光ったことにいち早く気づいた公輝が叫んだが、遅かった。放たれたピンクの光線が、前に立つ従者や紅虎を巻き込んで二人に当たった。
「?」
 攻撃を受けた感覚も痛みもなく、最初は何をされたのかわからなかった。ところが、喋ろうとして気がついた。声が出ない。いや、出るには出るが、酷くゆっくりでしか喋れない。声だけではなく、動きも封じられていた。光線を浴びた者は皆、恐ろしくスローな動きしかできなくなっていた。
 ポワとメビウスはニヤリと笑って、愉快そうにその様子を眺める。
「チャ〜ンス!」とポワが渦巻きのキャンディーから黒い(いかずち)を四本放ち、ミュウを取り囲むように落とした。雷は火花を散らしながら真上でからみ合い、彼女をダイヤ型の黒い半透明の檻に捕らえた。
「ミュウ姫!」公輝が叫ぶ。
「ミ――ュ――ウ――さ――ん――!」すぐ近くにいるのに、アルウィンが振り向いて声を上げ、駆け寄るまでにかなりの時間を要した。
 閉じ込められたミュウは檻を内側からドンドン叩き、雷の魔法を放って脱出を試みるも、闇の魔力でできた檻は彼女の魔法を全て吸収してしまう。
「何コレ〜?!出られない〜!!」
「いっぴき、つ〜かまえた!もういっぴきつかまえれば、のこりのザコにようはないわ!」
 ポワは魔力で創り出した綿雲の上にピョンと飛び乗り、あちこちから放たれる炎の魔法や武器を避けて、ピンクや赤の光線を浴びせ回る。赤い光線を当てられた者は、強い睡魔に襲われてその場にくずおれた。公輝がその間をくぐり抜けて走り、炎をまとわりつかせた矛を大きく振り回した。彼女が小さな悲鳴を上げて地面に叩き落とされると、動きを鈍らせる魔法の効果が切れた。アルウィンはすぐさまミュウを助けにかかったが、黒く放電する檻に触れることさえ叶わない。
「いたたたっ。やったなぁっ!」
 起き上がったポワが戦場に綿雲をいくつも呼び出し、視界を塞ぐ。雲間からメビウスの操る影が襲いかかり、キャンディーの槍が飛び、血しぶきが舞う。巨鳥カルラが吐き出す紫炎と紅虎が吐き出す紅炎が激突する。
 華麗に矛を扱いながら、形勢が不利だと悟った公輝が万里に叫んだ。「照夏を連れて帰れ!」
「しかし、公輝様!」
「早く!」
 怒鳴った公輝の傍を、ピンクの光線が走り抜けた。悲鳴を上げた照夏の前に、万里と雌の紅虎が躍り出る。光線が直撃した二頭は、たちまち動きがスローになってしまった。
 キャンディーの槍が、護衛を失って無防備になった少年を狙って虚空を飛んでいく。ポワの攻撃で激しい睡魔に襲われていたアルウィンが、それに気づいた。
「危ない!」
 魔法をぶつけて軌道をそらそうにも、視界がぼやけて焦点が定まらない。やむを得ず、眠気を振り切ってアルウィンは走った。照夏をかばって両手を広げ、敵に背を向けて立つ。竜の息吹を持つミュウと公輝も、弟皇子である照夏も死なせられない。この中で唯一、死んでもいいのは自分だけ。元々、自分は忌むべき存在だ。呪われたチェン家の末裔。身内の中でただ一人味方してくれたシュンメイ姉さんを思うと胸が痛むが、もう嫁いだ身だ。自分がいなくなった所で誰も………。
「アルウィン!!」
 ミュウの絶叫に、アルウィンはふっと笑った。
(ミュウさん、ここでお別れです)
 ありがとう。貴女だけでした。僕の魔力を恐れず、凄いと言ってくれたのは。強いと褒めてくれたのは。だから、僕の正体を知らないまま、僕に恐怖を抱かないままでお別れさせてください。公輝皇子も……つかの間でしたが、友達ができたような気分がして、最期に良い夢を見させていただきました。僕が貴方にできる恩返しはこれだけです。どうか、どうかミュウさんとティエラを……。
 鋭く冷たい穂先が背後に迫る気配に、アルウィンは覚悟を決めて固く目を閉じた。
 生きる場所はとうとう見つからなかった。見つかったのは死に場所。ここが、自分の死に場所。これが、自分の死に様、か………。

 ザシュッ。

 ポワの槍が服を裂き、肉を貫く。鮮血が飛び散り、バラの花びらの如く宙に舞った。


   

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