第四話 宝探し(トレジャーハンティング) (4)


 ルミエルを除く三人はすぐにでも説明を求めたそうな顔をしていたが、今にも結界を突き破ろうともがく悪魔を一瞥(いちべつ)し、のんびり立ち話をしている時間は無さそうだと悟った。一先(ひとま)ず話を打ち切り、(ラン)が指差した場所へ歩み寄る。其処の地面には深い穴がぽっかり口を開けており、盛り上げられた土の塊がコの字形に周りを囲んでいる。
 びくびくしながら(のぞ)き込んだルミエルが、「これって?」と緊張した声音で訊いた。
「井戸の跡みたいだけど………」フィーリアは土の塊に手を置き、一回りして調べてから答えた。
 アロドが懐中電灯片手に飛び下りた。底は大人二人がやっと立てる程、狭い。壁をなぞり、底の砂を足で掻き、入念に調べ始めた。
 彼の作業を見守ろうと穴の底へ目線を落としたフィーリアは、視界の隅に蘭の靴の爪先を見つけ、ふと其方(そちら)へ目線を移した。煉瓦(れんが)に押し潰され、普通なら歩けないような大怪我を負っている筈の右足。信じられない事に、その怪我はフィーリア達の目の前で(ふさ)がり、傷一つ残らず完治したのだ。
「足は本当に何ともないの?」痛むのではないかと想像して、フィーリアはやや顔を(しか)めた。
 蘭は、健康その物に見える右足をぶらぶら振って見せた。「平気平気。この通り、すぐ治っちゃうから」
 全員が乱闘騒ぎの後で土埃塗(つちぼこりまみ)れの(すり)傷、打身だらけであるのに、蘭だけは右足を含め身体中の小さな傷まで完全に治っていた。血を失いたくないという火球(カキュウ)の貪欲さ故の結果ではあるが、自分だけ無傷なのはちょっぴり申し訳無い気がする蘭だった。
「それも悪魔の力か?」と(まさき)が素っ気無く訊いた。
「まぁな」
 彼は大して気にしていない素振りだったが、それでも蘭は微苦笑を浮かべずにはいられなかった。
「気味悪い、って思われても仕方ないことだってわかってる。悪魔と契約するなんてまともな奴のすることじゃないし、こんな風に怪我が勝手に治るのだって」自嘲するでも開き直るでも無く、彼女は(ただ)事実を淡々と喋った。「不快な思いさせるだろうから、見せたくなかったんだけど………」
 蘭は火球を怖いと思った事は無かった。だが、それは単に自分が悪魔の扱いに慣れてしまっているだけであって、並の人間ならば悪魔を目の前にして恐怖を覚えるのが当然だ。そんなものを身体の中で飼っていると知ったら、流石に彼らだって不安になり、嫌悪を抱くだろう。()してや、止血の瞬間を見せてしまうなど。血が生き物のように動き回り、傷口から体内に侵入するあの感じ。自分でさえ生々しくおぞましいと感じるものを、見たくも無いのに見せつけられた他人はどんなに気分が悪い事だろうか。
 ルミエルがおろおろと蘭を見上げ、フィーリアと柾を交互に見上げた。
「そっ…………」そんなことないわ、と言い掛けたフィーリアは続く言葉を選び()ね、口を閉ざした。
 重い空気に割って入ったのは落ち着いた、しかしきっぱりとした低い声だった。「誰も気味悪いとは言ってねえだろ。真実を聞く前にあれこれ判断つけるなんざ、愚行だ」
 蘭は驚き、猫のような切れ長の目を丸くした。
 柾は更に続ける。「だが、知っちまったからにはある程度は話してもらわねえとな」今は聞かないでおいてやるが、と付け加え、彼はそれっきり話を止めた。
 蘭はまだ驚いて彼の横顔を見上げていたが、ふっと息を()くと表情を和らげた。もう適当な誤魔化(ごまか)しは利かない。包み隠さず話さなければ、彼は納得しないだろう。蘭は肩を(すく)め、「懂了〈わかった〉」とだけ答えた。
 その様子を(うかが)ったフィーリアは、ルミエルの顔を覗き込むと()り気無く話題を変える。「そう言えば、ルッちゃんが悪魔祓い(エクソシスト)って本当だったのね。あんな風に悪魔閉じ込められるなんて」
「だから、そう言ったじゃないか!なのに、ぜんぜん信じてくれなくて」
「ごめんね。変な宗教団体かと思っちゃったのよ。だってほら、悪魔見たのはさっきが初めてだったし」
 謝りながら頭を撫でられ、ルミエルはぷぅ、と頬を膨らませた。それでも、間近で悪魔を目にしたアロドとフィーリアにこれからは否定されずに済みそうだと思うと、彼の気は楽になった。
 柾が井戸の縁に寄り掛かり、せっせと中を調べているアロドの(あか)毛頭を(なが)めた。
「底掘ったって、何もないんじゃねえの?昔は水が溜まってただろうしな。財宝隠したって、水浸しになっちまうだろ」
 彼がそう声を掛けた時、アロドは周りの壁を撫でて(ほこり)と砂を払い、薄ら残る水面の跡を見つけていた。
「だからさ、こういうのはたいてい水が入らないように水面より上に……」答えつつ、アロドはコの字形の開いた部分の真下の壁を調べた。数か所軽く叩いて、他の壁と比べてみればわかる。
(ここだけ薄いな)
 懐中電灯を持っていない左手に妖力を集中させる。(てのひら)がじんわりと熱くなっていく。とん、と壁に手を当てた。

 ガラガラガラガラ………。

 壁が崩れ落ち、真四角に穴が開いた。中は暗く、懐中電灯で照らして覗くと、下へ続く階段があった。
「ビンゴ。入り口だ」
 言った途端、フィーリアが身を乗り出して此方を見下ろす気配と声が降って来た。
「入り口?!」
「おう。階段があるぜ――って、ぎゃあっ!!」
 腰を屈めて頭を穴の中へ突っ込み、地下の奥に何か見えないかと探っていたアロドの上に、フィーリアが勢いよく着地した。彼を踏み台にしたまま、フィーリアは興奮に空色の瞳を光らせた。「わぁっ!井戸の中に隠し部屋の入り口なんて、これは絶対に何かあるわよ。アル、いつまで伸びてんのよ?行くわよ!」
「いてて!踏んでるんだって!」背中をボコボコに踏まれ、アロドが悲鳴を上げた。
 そして、地上でも悲鳴に似た声がもう一つ。
「入るの?!やめよう、帰ろうよっ!あの結界は長くもたないんだ。きっと、あと数分で切れて悪魔が出てきちゃうよ!」
「そん時はそん時だな」
「蘭ってばー!」
 腕を組んであっさり答える蘭に、ルミエルは滝のような涙を流して訴えた。
 彼女は井戸の底へ(あご)をしゃくって言う。「こいつらに何言っても、聞く耳持たないよ。見ろよ、あの嬉しそうな顔」
 ようやく立ち上がったアロドは、今までに無い位にきらきらと顔を輝かせている。それは隣にいるフィーリアも同じだ。完全に宝探しモードのスイッチが入っている。
 まずアロドが入り、続いてフィーリアが入って行く。空いた井戸底に柾が飛び下り、穴を(くぐ)る前に地上の蘭を見上げて言った。「お前も来いよ。俺らが見てねえ所でまた死にかけてたら、それこそ不快だからな」
「そんな簡単にくたばってたまるか」蘭は地下へ消えようとする彼の背中に向かって、べーっと舌を突き出した。
 そして、溜め息混じりにルミエルに言う。「だってさ。じゃあ、行くか?」
 ルミエルはこくり、と(のど)を鳴らした。躊躇(ためらい)無くぴょんと飛び下りた蘭の後に続こうとして足を止め、結界で封じた悪魔をちらっと振り返る。結界は大分、弱まっていた。もがき(うごめ)く悪魔の動きに合わせて、表面は柔軟に伸び縮みしている。まるで、孵化(ふか)直前の怪物の卵のようだ。
 ぶるるっと身震いしたルミエルは、急いで井戸へ向き直った。しかし、あんまり慌てていたので飛び下りた時に体勢を崩し、気付いた蘭に受け止められていなかったら井戸底に(したた)か頭をぶつけていた所だった。

 中は真っ暗闇だ。先頭を行くアロドと真ん中の柾が、懐中電灯で足元を照らす。酷い悪臭が鼻を突いた。下に降りる程、段々臭いがきつくなり、冷気が首筋を撫で始める。不気味に静まり返った地下に、五人の足音が反響する。
 階段を下り切った所は、広い部屋になっていた。地上は干涸(ひから)びそうに暑いのに、此処はひやりと肌寒い。悪臭が漂う。死の臭い。この部屋には、五人の他に生者は存在(いな)い。
 スポットライトのような丸い光が、部屋のあちこちを照らす。突然、暗闇の中に鮮やかな色が浮かび上がった。
 フィーリアが感嘆の声を()らす。「壁画だわ………!」
 四方一面の壁と柱に赤や青で描かれた、人や獣の絵。
 もっと近くで見ようと、彼女が一歩踏み出した時だった。何かが爪先に当たり、カラン、と乾いた音を立てて床を転がった。
「何?」
 アロドが明かりを壁画から床へ移すと、首から上を失った人骨が片手を()げて横たわっていた。カランという音の正体は、蹴ってしまった頭蓋骨(ずがいこつ)が立てたものだった。
「ぎゃああああああああ!!」
 フィーリアとルミエルが一緒になって叫んだ。二人の声が部屋中に(こだま)する。
 アロドは迷惑そうに、空いた手で片耳を塞いだ。「うるせーっての。いちいち騒ぐな」
「だだだだって、ほ、骨!ひ、ひっ、人の骨、骨が骨の人が!!」ルミエルは腰を抜かし、ぶるぶる震える指を人骨に向けた。
「しっかりしろよ」と蘭が腕を掴んで立たせても、彼は一人で立っていられない位に膝ががくがく震えていた。
 アロドは頭蓋骨を拾い、引っ繰り返したり空洞の目に光を当てたりして熱心に調べた。
「これ、わりと新しいぜ。古代人の骨とは思えねーな。な、リア?」
「わたしに振らないでよ!ひっ、こっちに向けないで!」
「考古学やってんだろ。まじめに見てくれよ」
「骨とかそういうのはダメなのっ!調査対象外!」とフィーリアは頭の上で両手を交差し、大きく×印を作った。
 そんな騒ぎを余所(よそ)に、柾は方々好き勝手に懐中電灯を当てていた。すると、部屋の奥の方の床に大きな箱が照らし出された。縦長の箱で、壁画と同じように鮮やかな色で装飾が(ほどこ)されている。ずっしりとして、妙に存在感のある箱だ。
 全員、息を呑んでそれを見つめた。すぐに中身の想像が付き、フィーリアとルミエルは真っ青になった。
 アロドが(ほう)けた声で(つぶや)いた。「………宝の箱!」
「どう見ても棺桶(かんおけ)でしょ〜が!!」フィーリアが金切り声を出した。


     
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